仕組みを知って順調な生育につなげる 葉根菜のトウ立ちメカニズム
葉根菜の多くは栽培中に低温に当たると花芽ができ、葉や根の発育が抑えられて収量が低下したり、品質が悪くなってしまいます。しかし、中にはブロッコリーのように、低温に積極的に当てることで収穫部位である花蕾を形成する種類もあります。花芽をつけた茎であるトウはどのようにできるのか、そのメカニズムを説明します。
京都府立大学大学院 名誉教授
藤目 幸擴
大阪府生まれ。京都大学大学院農学研究科修了、農学博士。京都府立大学大学院農学研究科教授、同大学農学部附属農場長を経て、現在NPO京の農・園芸福祉研究会理事長、(一財)京都園芸倶楽部会長。
目次
「トウ立ち」とは?
花芽がついた茎が伸びることを「トウ立ち」または「抽苔」といいます。花芽がつくと、それまで根や茎葉に移動していた養分は、花芽に集中します。例えば、ブロッコリーは蕾ができるころから地上部の重さ、特に花蕾の乾物重(対象となる物の水分を除いた重さで、養分の蓄積量を測る目安になる)が増加し、葉や根は逆に軽くなります【図1】。
このような状態になると葉数が増えなかったり根が肥らなくなったりして、十分に収穫できなくなります。そのため葉根菜では花をつけさせないように管理します。一方でトウ立ちした部分の蕾を食べる、ブロッコリーなどの花菜類では花芽をつけさせ、茎葉を旺盛に発育させることが重要です。
トウ立ちしたダイコンのイメージ。
花芽に養分が集中し、収穫部位の根が肥らなくなってしまう。
図1 ブロッコリーの花蕾形成に伴う部位別の乾物重変化
トウ立ちが起こる原因
ダイコンやキャベツなど葉根菜の多くは、栽培中にほとんど茎は伸びません。このような茎を短縮茎と呼び、キャベツでは結球の中心に短縮茎があり、ダイコンでは地際部分に根と思われている茎(下胚軸)があります【図2】。花芽ができると花芽をつけた短縮茎が伸びるようになり、これがいわゆるトウ立ち(抽苔)です。トマトやナスで花芽をつけた茎が伸びても単なる茎の伸長であり、短縮茎が伸びるトウ立ちとは異なります。ブロッコリーが花蕾を形成するのは厳密にはトウ立ちではありませんが、ほぼ同じ仕組みで花蕾ができるため、ここでは一緒に説明します。
トウ立ちが起こる原因のうち、栽培中に低温に当たって起こる反応を「春化(バーナリゼーション)」といいます。【表1】に、主要野菜における花芽を形成する主要因を示しました。葉根菜類が低温に反応するタイプには2種類あります。タネが吸水し、発芽し始めた時から低温に反応する「種子春化型」と、ある程度の大きさになってから低温に反応する「植物体春化型」です。
図2 トウ立ちが起こる前のキャベツとダイコンの短縮茎
表1 野菜が花芽を形成する主要因
トウ立ち防止には保温資材が有効
種子春化型のダイコンは、タネのうちから低温に当たると花芽ができますが、その時の日長が長日であれば一層、花芽形成は促進されます【表2】。ダイコンのトウ立ちを抑えるには、タネをまく時の温度が重要です。マイナス1℃~プラス12℃の低温に反応し、特に敏感なのは5~7℃です。
厳寒期の2月ごろにタネをまく春ダイコンで花芽を作らせないためには、低温に長期間当たらない限りトウ立ちしない晩抽性品種をまきましょう。さらに、タネまき後の畝にベタがけやマルチなどの保温資材を使って生育を促進して寒害を防ぎ、花芽形成を防ぎます。最も効果的なのは生育初期にトンネル被覆をすることです。
ダイコンは茎頂で低温を感じ、低温効果は毎日、植物体内に蓄積されます。その蓄積量が一定の量を超えると花芽が形成されます。トンネルをかけても夜温は変わりませんが、昼間のトンネル内を高温に保つことで夜間の低温効果を打ち消します。これを「脱春化(ディバーナリゼーション)」といいます。【図3】では、平均気温が10℃の時に比べて20℃では、トンネルをすることで抽苔率が低下しています。脱春化を起こさせるには20℃以上の高温に、毎日4~6時間以上保つ必要があります。
ダイコンの生育初期にマルチとトンネル被覆をする。
表2 主要野菜の花芽形成と発達の条件
長日:昼間の長さが、ある一定の長さよりも長くなること。
短日:昼間の長さが、ある一定の長さよりも短くなること。
図3 ダイコンの抽苔とトンネル被覆内気温の関係
トンネルをかけて昼間を高温に保ち「脱春化」させると、トンネルなしよりも抽苔率が下がる。
毎日昼温を高く保つことが重要
カリフラワーやブロッコリーでも昼夜温により春化と脱春化を繰り返すという、相反する作用が見られます。【図4】はカリフラワーの例です。夜温が10~15℃の時だけ花蕾が形成されますが、それは昼温が10~20℃の範囲で、昼温が25~30℃では花蕾は形成されません。植物は毎日の夜間の低温効果を、日中の気温が高ければある程度打ち消しています。そこで重要なのは毎日高温に保つことで、曇雨天で気温が低くなる場合は花芽を形成しやすいので、保温に注意します。幸い種子春化型のダイコンは、発芽後の低温感応は弱くなります。
図4 カリフラワーの花蕾形成に及ぼす昼夜変温の影響
種子春化と植物体春化の仕組みは同じ!?
種子春化と植物体春化は別々の反応と思われがちですが、どうもそうではないようです。植物体春化型のカリフラワーなどでは、発芽し始めたタネに低温処理をすると、花芽が早くできることが知られています。
なぜそのようなことが起こるかというと、植物体春化型であっても、タネのうちに低温に当たった影響が、植物体内に蓄積されるからです。育苗中やタネを直まきする時の温度が低ければ、低温効果は株内に残ると考えられます。
その後に戸外で低温に当たると低温効果が加算され、早期にトウ立ちしやすくなるので注意が必要です。
長日では花芽形成の温度範囲が広がる
花芽形成には低温が作用する「春化反応」と、日長が関係する「光周性反応」があります。これらは別々に働くのではなく、どうも相互に関係しているようです。例えばブロッコリーの場合は、早生品種では気温が上昇する初夏でも花蕾ができるため、低温要求性はないと思われていたこともありました。しかし、低温が必要ないのではなく、どうやらその時の日長が「長日条件」であったため、花芽ができやすくなったと考えられます。
ブロッコリーの3品種を15℃の長日・短日条件と、20℃の長日・短日条件で育てました【図5】。その結果、長日条件であれば、花蕾ができる低温の範囲が広がることが分かりました。このような性質は「温度と日長の相乗作用」と呼ばれており、ほかの野菜についてもこの作用が認められています。
図5 ブロッコリーの花蕾形成に及ぼす温度と日長の影響
どの品種についても、15℃・16時間日長の長日では、15℃・8時間日長の短日より1週間早く花蕾ができており、20℃では16時間日長の長日条件の時のみ花蕾ができている。
保温を心掛けてトウ立ちを防ごう!
主な葉根菜のトウ立ちが起こる原因と、管理のポイントを解説します。
ダイコン
タネが吸水して発芽し始めると同時に、12℃以下の低温に感応し、株内に低温効果が蓄積していきます。低温が一定期間続くと花芽を形成し、その後、高温・長日になるとトウ立ちが起こり、春まき栽培では特に問題になります。トウ立ちを防止するにはまず低温に長く当たらないと花芽ができない’三太郎‘などの晩抽性品種を選びましょう。
管理のポイント
タネまき前に畝にマルチを張って地温を高めておき、タネ袋に書かれた時期を守ってタネをまきましょう。発芽から本葉が5~6枚くらいになるまではトンネルをかけ、昼間25℃程度の高温を6時間くらい保ってトウ立ちを防ぎます。マルチをしたトンネル内では乾燥しやすいので、タネまき時には十分に水やりをし、以後も乾燥しないよう注意しましょう。
ダイコン‘三太郎’
ニンジン
ニンジンは植物体春化の低温要求があり、本葉が4~9枚くらいになれば低温に感応します。しかし、発芽し始めたタネであっても10℃以下の低温に感応することが知られています。タネまき時が低温であれば、その低温効果が株内に残り、その後に当たる低温の程度によっては早期にトウ立ちする危険性があります。そのため1~2月まきの春どりでは、トンネル栽培が必須です。トンネル被覆をすることにより低温期でも日中は高温になり、夜間の低温効果がある程度、打ち消されます。
管理のポイント
ニンジンは発芽しにくいので、タネまき後は十分に水をやり、さらに敷きわらかマルチやベタがけをして発芽を促進しましょう。2月下旬にはベタがけを取り、本葉が3~5枚になれば間引きをします。2月以降、日中に高温になればトンネルに小穴をあけ、換気を図ります。4月ごろに外気温が13~15℃になれば、トンネルを除去します。品種としてはトウ立ちが遅い’Dr.カロテン5‘が適しています。
トウ立ちしたニンジンのイメージ。
品種にもよるが本葉が4~9枚程度出てくるころからトウ立ちする。
ニンジン‘Dr.カロテン5’
キャベツ
低温に感応する時の株の大きさは、品種の早晩性によって異なります。秋まきの極早生品種ではトウ立ちしにくいように品種改良されていますが、それでも本葉が12~14枚の大株になれば感応します。中生品種では本葉が7~8枚になれば、もう低温に感応します。低温に感応する温度は13℃以下で、最も感応しやすいのが5~7℃です。
トウ立ちに必要な低温期間は一般に1カ月以上ですが、大株になるほど短い期間でもトウ立ちしやすくなります。早まきしすぎたり、あるいは施肥量が多すぎたり、暖冬で生育が進み大株になると、よりトウ立ちしやすくなります。特に越冬して春どりする栽培では起きやすいので、それを避けるには、品種の選択と品種にあったタネまき時期と定植時期を守ることが重要です。
管理のポイント
【秋まき】【春まき】
秋まき春どり栽培と、春まき初夏どり栽培のどちらも、低温に感応する時の葉数が多い晩抽性品種を選びましょう。どちらにも適した品種は’YR春空‘で、早熟性、晩抽性、玉揃いに優れています。施肥量は基準を守ることが重要です。増収しようと多肥にすれば大苗になり、トウ立ちしやすくなります。
【秋まき】
年内は生育を抑え、早春の追肥で生育を早急に進ませるのがポイントです。
キャベツ‘YR春空’
ハクサイ
低温期に栽培するハクサイは、タネが発芽すると低温に反応し、その後トウ立ちしてきます。花芽分化を引き起こす低温は3~13℃で、約10日間低温に当たると花芽が分化します。この範囲で気温が低いほど花芽分化は早まり、タネまき後の日数(苗齢)が進むほど、低温に対し敏感に反応します。
花芽が分化すると葉数は増加しなくなるので、できるだけ花芽分化期を遅らせます。花芽ができた後、気温がやや高い15~20℃になると、トウ立ちしてきます。
管理のポイント
【秋まき】
秋まきでトウ立ちを防ぐには、10月下旬~11月上旬までに葉数を増やし、株を大きく育てます。一般地では9月上旬までに直まきすると、発芽と生育が順調に進み大きく結球します。間引きは急がず、競合させて初期生育を促進させます。
さらにトウ立ちを抑えるには土に堆肥を十分入れ、よく耕うんして排水のよい土にして根を広く張らせます。
低温期にはベタがけをすると根の発育を助け、株の生育を促進できます。タネまき後、気温が高いうちに株の生育を促進するため元肥5割・追肥5割で、常に肥効があるようにしましょう。
【春まき】
春まき栽培はトウ立ちしやすく、上級者向きです。必ず晩抽性の品種を選んで温床にタネをまき、育苗中は最低13℃以上の温度を保ちます。できるだけ本葉7~8枚の大苗にしてから、ハウスかトンネルに定植しましょう。
ブロッコリー
ブロッコリーはほかの野菜と異なり、本葉が8枚ほどになってから、積極的に10~15℃程度の低温に約3週間当て、花蕾を形成させる必要があります。春どりするには秋まきと、厳寒期の1月まきがあります。
共に、低温期から高温期に向かう栽培で「バトニング」などの異常花蕾ができやすく、従来は上級者向きでした。バトニングとは、生育の初期から低温に当たることにより、小花蕾が発生する生理障害です。育苗中の保温が十分でなく低温の影響が株内に残っているのに加え、まだ夜温が下がる時期に定植した場合に発生しやすいです。
ブロッコリー‘フォレスト’
管理のポイント
バトニングを起こさず大きな花蕾をつけさせるには、特に根の張りをよくし、施肥効果を持続させて生育促進を図る必要があります。そのためにはマルチを張り、定植後にベタがけをすれば寒害を防止し、根の働きを保護できるでしょう。
そこで重要なのは、温床育苗中の生育が旺盛で、低温伸張性があって定植時の活着もよく、低温に鈍感でバトニング発生の少ない特性です。最近は、このような特性をもつ中早生品種が育成されてきています。
’フォレスト‘はそんな品種で、春まき用ですがバトニングの発生が少なく、気温の上昇期にも花蕾肥大が優れています。
バトニングが発生したブロッコリー。成長しても花蕾が大きくならない。
タマネギ
定植時の苗が大きいほど収穫期の球肥大は優れますが、トウ立ちの発生率も高くなります。一定の大きさになった苗が、10℃以下の低温に約1カ月当たると花芽が分化します。一定の大きさは品種によって変わりますが、一般に本葉が3~4枚、株元の太さが5~7㎜で4~6g程度です。
管理のポイント
適期より早まきすると大苗になりトウ立ちしやすく、逆に遅れると小苗になり、その後の生育も進まず収量も伸びません。施肥量が多すぎても少なすぎても、同様の結果になります。タマネギの場合は栽植本数も多く、トウ立ちが3%程度ならかえって増収になるので、トウ立ちをそれほど心配する必要性は少ないでしょう。
タマネギは品種ごとに球の肥大が始まる時の日長と温度が決まっているので、栽培地ごとに定められた品種を選び、タネまき時期を守ることが基本です。
そこで、晩抽極早生種の’スパート‘や中生種の’O・K黄‘を選んで、適期にタネまきをすれば、肥大性がよくてトウ立ちが少ないため、多収が期待できます。
タマネギ‘スパート’
ネギ
ネギ坊主はネギの花の集まりで、大株になってから低温に当たることによりトウ立ちしてできます。ネギは植物体春化型の低温要求があり、一般的に茎のように見える葉鞘の直径が5~7㎜くらいで、葉長が20㎝以上になれば、低温に感応するようになります。10℃以下に30日以上当たると、花芽が分化し、その後20℃程度の温暖な条件になり日長が長日条件になるほど、花芽発達が促進されてネギ坊主が伸びてきます。
管理のポイント
秋まき栽培は普通9~11月にタネをまきますが、早まきすると生育が促進されて大株になり、低温に感じやすくなります。3月中旬ごろから気温が高くなり、日長も長くなるためネギ坊主が出やすくなります。ネギ坊主が出ても早めに取り除けば、収量に影響はありません。ネギ坊主ができるくらいの方が収量は増加しますが、それを作らせないためには早まきを控え、元肥も標準量を守り、多肥にしないことです。
直まきの場合には間引きをしますが、本葉3~4枚までに株間を2~3㎝程度にし、それ以上広くとらないようにします。
育苗した苗を植える場合には、本葉3~4枚ほどで中ぐらいのがっしりした苗に育て、大苗の定植を避けます。暖冬ではネギ坊主が出やすいので、タネまき時期を何回かに分ける「段まき」をしましょう。
ネギ坊主は、小さいうちに取り除くと生育への影響はほとんどない。