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デビッド・オースチンのバラ

特集 イングリッシュローズ デビッド・オースチンのバラ

その歴史と美しさの秘密 デビッド・オースチン・ローゼス社 社長 デビッド・J・C・オースチン(訳:平岡 誠 ひらおか まこと)

デビッド・オースチンは、イングランド北西部にあるオルブライトンの農場で、バラの育種を半ば趣味のように始めました。その時はまだ、自分の楽しみのためだけの育種で、60年後に全世界で有名になるとは本人も考えていなかったのです。世界中のロザリアンの心を捉えて離さないバラ、イングリッシュローズはいかに生まれ、いかに浸透していったのか、オースチンの功績とともにそのルーツをたどります。

オールドローズに魅せられて

デビッド・オースチンが育種を始めた初期のころ、彼はただ、植物とガーデンを愛する趣味の園芸家にすぎませんでした。当時のバラ栽培は、ハイブリッド・ティーに分類される品種を育てるのが全盛で、いわゆるオールドローズと呼ばれる歴史的に重要な品種を栽培する人が、急速な勢いで減少していました。オールドローズは、グラハム・トーマス氏や、ヴィタ・サックヴィル・ウエスト氏といった少数のコレクターの中だけで細々とコレクションされているような状況だったのです。そんな中、オースチンは、ハイブリッド・ティーなどの品種には目もくれず、即座にそれらオールドローズの魅力の虜になっていきました。
オールドローズの多くの品種は花が多弁で、ふんだんに香りをもち、シュラブという奔放に伸びる樹形をしていますが、最も重要な特性は、花自体の愛らしさにあります。しかし、オースチンはその時点ですでに、ある種の限界をこのオールドローズに見ていました。多くの品種が一季咲きで夏(日本の春)一回しか咲かず、しかもごく限られた花色しかなかったからです。せいぜい、シェードピンクか紫、もしくは白といったところでした。

‘セプタード・アイル’

ところで、デビッド・オースチンの父、チャールズ・オースチンは、地元の農場経営者であるジェームズ・ベーカー氏と親しくしていました。ベーカー氏はルピナスやデルフィニューム、シバザクラなどの新種を紹介する責任者でした。デビッド・オースチンはベーカー氏の仕事に非常に感銘を受け、バラを育種していく中で、自分のアイデアをその新品種に反映していくことを思い立ちます。
彼の当初の考えは、ハイブリッド・ティーやフロリバンダなどと、オールドローズを掛け合わせることでした。そうしていくうちに、その花姿だけでなく、香りもまたオールドローズに準ずる品種を作り出したのです。それだけでなく、長く花が楽しめる繰り返し咲きの性質や、赤や黄色、アプリコットなどの花色までも生み出していきました。

‘ジュード・ジ・オブスキュア’

(写真左)ガーデン・パスと呼ばれる小道では、見応えある開花が楽しめる。 (写真中央)プランツ・センター(売店)も見どころの1つ。 (写真右)イングリッシュローズの作出に今も情熱を傾けるデビッド・オースチン氏

最初のイングリッシュローズ

彼が最初にイングリッシュローズとして発表した品種は、1961年の‘コンスタンス・スプライ’でした。このバラはオールドローズでガリカ系の‘ベル・イシス’とフロリバンダの‘デンティ・メイド’との交配で生まれました。しかし、このすばらしいピンク色の香り高い花には、返り咲き性がありませんでした。そこで彼は、オールドローズのスタイルをもちながら、返り咲き性をもつ新たな品種を生み出すため、1969年に「デビッド・オースチン・ローズ・ナーセリー」をスタートさせることとなったのです。そこには、広範囲な品種とともに、彼の作った新しいカテゴリーである6品種のイングリッシュローズもあり、‘チョーサー’や‘カンタベリー’なども含まれていました。

その後、満足のいく品種ができるまでにはかなりの時間がかかりました。83年と84年に‘ヘリテージ’と‘メアリー・ローズ’、また、今日でも世界中のバラ愛好家に愛され続ける品種‘グラハム・トーマス’の発表によって、ナーセリーは革新的な飛躍を遂げたのです。

(写真左)イングリッシュローズの人気を不動のものとし、今も愛されてやまない歴史的品種‘グラハム・トーマス’。 (写真右)初めて発表されたイングリッシュローズ、‘コンスタンス・スプライ’

壁面を覆うように用いる仕立て方も可能。

イングリッシュローズ人気の秘密

世界中のバラ愛好家やガーデナーの間で絶大な人気を誇るようになったイングリッシュローズ。その要因は、オールドローズの花姿と、さまざまなタイプの違う香り、それにシュラブ系のもつ自由でナチュラルな感じに伸びる樹形にありました。
なかでも特筆すべきは、ガーデン内での伸び方でしょう。イングリッシュローズは、近くに植えた宿根草などと絡み合うようにして咲くので、自由度のあるボーダーに最適なのです。また、芝生の中やフォーマルな感じの花壇などでも使用することができます。日本のように、英国よりも暑い夏の国では、かなり強い伸び方をすることがあるため、多くはつるバラとしても使用が可能です。

また、最近は多くのガーデナーが消毒回数を減らしていく傾向にあるため、その強健さや耐病性なども、世界中の多くのガーデナーに支持されているポイントでしょう。

バラという植物は、ほかの植物と比べて、多種多様な香りのタイプをもっていることが特異な点ですが、イングリッシュローズはその中でも、香りの強さや多様性がよく知られています。香りの種類は、「オールドローズ香」「ティー香(中国茶を新しくあけた時のような香り)」「ミルラ香(アニス種の香り)」「フルーツとフローラルの香り」「ムスク香(クローブのような香り)」の5つに大別できます。

ルネッサンス・ガーデンに咲き誇る満開のバラ。

イングリッシュローズ人気の「今」

デビッド・オースチンは現在81歳ですが、まだまだ農場で現役です。今、彼の情熱は新しい品種の作出だけに向いており、近年の興味はもっぱら「強健さ」にあります。美しさや香りをはじめ、さまざまなバラの美点を備えながらも、なおかつより強健な品種の育種に力を注いでいるのです。
実生品種は選抜段階で一切消毒されず、非常に厳しい状況下でテストされています。そのため、最近の発表品種は以前に比べてより強健なものとなり、信頼のおける品種に仕上がっているのです。多くのガーデナーが少しくらい消毒をしなくても、軽い病気にかかる程度か、あるいは病気にかかることなく育つようになってきています。
デビッド・オースチンは最近でも数々の賞を受賞しました。英国王立園芸協会において最高に権威のある賞「ヴィクトリア・メダル」や、英国王立バラ協会から贈られる「ディーン・ホール・メダル」、また「クィーンマザーズ・インターナショナル・ローズ・アワード」などです。そして本年6月には「大英帝国勲章」(Order of British Empire)を、園芸界における貢献により受章しました。これはビートルズやビル・ゲイツなどにも授与された、英国内で最も権威ある勲章です。

交配作業の様子。近年では強健な品種の作出が目指されている。

(写真左)デビッド・オースチン・ローゼス社の交配温室。地道な交配を通じて、数多くの品種が世に送り出される。
 (写真右)交配されてできたタネ。年間50万粒がまかれ、約10年後、その中からたった数種が世に送り出される。

日本でのイングリッシュローズ

たいていのイングリッシュローズは、日本のような非常に寒い冬と暑く湿度の高い夏がある状況でもとてもよく育ちます。
寒冷地では‘エグランタイン(マサコ)’‘アブラハム・ダービー’‘ザ・ジェネラス・ガーデナー’‘クイーン・オブ・スウェーデン’が特に丈夫です。
寒冷地で実際に植栽する場合は、苗の接ぎ目が土の下に10くらい入るよう、深めに植えることをおすすめします。また、雪囲いやバークで枝を守ることも必要になるかもしれません。
またイングリッシュローズは、英国よりも暖かい地域を好むようです。花のクオリティーが増し、香りもより豊かに広がり、生育も旺盛になります。特に‘ゴールデン・セレブレーション’‘アルンウィック・キャッスル’‘ウィリアム・シェークスピア2000’‘ジュビリー・セレブレーション’などは、暖かい土地でよく育ちます。
もし、大きめに育ちすぎた枝などがある場合は、夏季の剪定を施すことでコンパクトな樹形を保つことができ、次の花を促進することにつながります。
この、イングリッシュローズのもつ「よく伸びる」という特性は、前述のように、裏を返せば「よいつるバラになる」ということを意味します。つまり、多くのイングリッシュローズは「2つの性格」をもっているといえるのです。強い剪定を続ければシュラブタイプとして楽しめますし、伸ばして育てれば、2〜4mのつるバラとして生長し、花も繰り返し咲きます。
イングリッシュローズのつるバラは高めのシュラブとなり、根元からたくさんの枝が出ます。‘ゴールデン・セレブレーション’や‘ザ・ジェネラス・ガーデナー’などは一級品のつるバラとして使用することができるでしょう。
また、おもしろい特性も見つかっています。多くのイングリッシュローズは多少の日陰であっても育つのですが、‘パット・オースチン’のようないくつかの品種は、西日を避けることによって生長が助長されることが分かっています。この特性を生かした植栽にすることもおすすめです。
ぜひ、日本でイングリッシュローズの世界をお楽しみください。

(写真左)‘パット・オースチン’は西日を避けて育てると生育がよくなる。 (写真右)‘ウィリアム・シェークスピア2000’。

(写真上)寒冷地で特に育てやすい‘エグランタイン(マサコ)’。 (写真下)暖かい気候でよく育つ‘ゴールデンセレブレーション’。

イングリッシュローズ 日本でのおすすめ品種

バラは数々の優れた面をもっています。
花の時期が長く、それぞれの品種がすばらしい花と香りをもっている、こんな植物がほかにあるでしょうか?
しかも多くのイングリッシュローズは、ガーデンでほかの植物と見事に調和するという利点も兼ね備えています。
オースチンが生んだ、利用価値が非常に高い品種の中から、
日本での栽培に特におすすめの品種をいくつかご紹介します。

  • クィーン・オブ・スウェーデン

    クィーン・オブ・スウェーデン

    比較的新しい品種ですが、非常に人気が出てきています。イングリッシュローズとしてはかなりユニークで、直立して育つ性質をもっています。
    クラシカルな花形で、多めの花弁が完璧に配置され、花色はソフトなアプリコットピンクです。非常に丈夫な品種で、愛らしいミルラ系の香りがします。

  • アルンウィック・キャッスル

    アルンウィック・キャッスル

    濃いピンク色をしたカップ咲きの花で、オールドローズ香にラズベリーの香りがほんのりのっています。やや直立ぎみに伸びますが、シュラブ樹形にもなります。
    花の名前は、北イングランドの庭園にちなんでいます。そこでは、多数のイングリッシュローズのコレクションを有する巨大なローズガーデンが有名です。

  • ザ・ジェネラス・ガーデナー

    ザ・ジェネラス・ガーデナー

    デビッド・オースチンの耐病性に対する追求の結果、2002年に生まれた品種でとても丈夫です。非常に大きく育つ部類で、3〜4mくらいのつるバラにもなりますが、切り詰めて1.5mぐらいの大きめのシュラブにするのも魅力的です。美しい花形をもち、花色は外側にいくほど薄いペールピンクになっていきます。
    オールドローズとムスク、ミルラの混ざった強い香りがします。

  • (左)ジェントル・ハーマイオニー (右)エグランタイン(マサコ)

    (左)ジェントル・ハーマイオニー (右)エグランタイン(マサコ)

    花形はそれぞれ違いますが、いずれも愛らしいソフトピンクのロゼット咲きで、すばらしい香りがあります。樹形は、‘ジェントル・ハーマイオニー’が魅力的に広がるタイプであるのに対し、‘エグランタイン(マサコ)’は直立して伸びていきます。
    どんなガーデンにも向きますが、後者は特にフォーマルな雰囲気の庭に合うようです。

  • ゴールデン・セレブレーション

    ゴールデン・セレブレーション

    世界中のガーデナーたちから、よい報告をいただいている品種です。花形はとても大きなカップ形で、花色はリッチなゴールデン・イエローです。香りもすばらしく、ティー系の香りから、柑橘系ソルティーヌ・ワイン、イチゴの混ざった香り、そしてクロフサスグリの香りへと移行していきます。
    樹形はしっかりとしたシュラブ樹形にできるほか、2.5m程度のつるバラとして仕立てることも可能です。どのように仕立てても繰り返し咲いてくれ、強健で、とげも少なめです。

  • ジュビリー・セレブレーション

    ジュビリー・セレブレーション

    花の大きさは、イングリッシュローズの中で最も大きい部類です。多雨の時でも花が垂れ下がりすぎないことは、雨の多かった今シーズンの英国の気候で実証されました。花色はリッチなピンクで、花弁の下にいくほど黄金色が入ります。
    強いフルーツ系の香りがあり、レモンの香りやラズベリーの香りが混ざったりもします。グラスゴーの試作では香りの賞を受賞しました。

  • グラハム・トーマス

    グラハム・トーマス

    最高といわれているバラの1つで、大きな濃いイエローの花は、強いティー系の香りがします。多くのイングリッシュローズはつるバラとしてもよく育ちますが、このバラも同様です。返り咲き性をもち、強健で豊かな香りをもちます。また比較的下部にも花がつきます。
    冬季に強い剪定をすると、1.5mぐらいのシュラブ樹形にも仕立てられます。

  • アブラハム・ダービー

    アブラハム・ダービー

    最も大きな花径をもつ品種の1つです。さらに最も強い香りをもつ品種の1つでもあり、フルーツ系の香りがあります。
    花色は、全体的に見るとアプリコット・ピンクに見えるのですが、近づいて見ると、ピンクと黄色、黄金色が混ざり合っています。アーチ状に長く広がる枝は、壁づたいに伸ばすか、トレリスに誘引してもよいでしょう。

  • ウィリアム・シェークスピア2000

    ウィリアム・シェークスピア2000

    赤のイングリッシュローズの中で最高峰の品種です。花は濃い深紅色の花弁で埋め尽くされています。香りは強めのオールドローズ香で、花色と見事にマッチしています。
    樹形は、1.5mくらいの高めのシュラブとなり、比較的暖かい土地でも寒冷地でも、高いパフォーマンスを発揮します。

デビッド・J・C・オースチン
1958年、イングランドのシュロップシャー州で、デビッド・オースチンの長男として生まれた。13歳のころより父親の仕事を手伝い始め、マンチェスターのサルフォード大学で経営学を学んだ後、1990年よりデビッド・オースチン社に社長として就任。世界中を旅してイングリッシュローズが異なる気候の中でどう育つかを見つめている。ガーデンにも非常に興味があり、2エーカーのガーデンを拡大し続けている。趣味はスキーとテニス、ゴルフ。

デビッド・J・C・オースチン

平岡 誠(ひらおか まこと)
1973年大阪生まれ。海外の代理店業務も行うバラ販売会社に就職したことを機に、バラに開眼。バラ関連各社で生産、販売を担当後、2005年8月より、国際協力事業団のバラ戦略短期専門家として、ブルガリアのカザンラク(通称:バラの谷)に派遣され活躍している。